2006年06月07日

映画『ブロークン・フラワーズ』。

私は四国(香川)に住んでおり、四国とくればなんといっても
八十八カ所巡礼だ。私の周囲にも巡礼にハマり全寺制覇、すでに
2巡目という強者がいる。

しかし私がやってみたい巡礼はそういうものではなくて、
いわゆる「友達めぐり」だ。仕事をやらなくてよい年齢、
あるいは余命いくばくもないという状態になれば、
ネットでの情報を頼りに小学校時代からの友達に会って
廻りたい、そう考えていた。

この『ブロークン・フラワーズ』の主人公は、私がやりたいと
思っていることとかなり近いことをやっていて、それが
ただひたすらうらやましい。たとえ訪問先で味気ない食事を
出されたり、1発殴られたりしてもだ。

おせっかいな友人のリサーチ(ドライブ用の音楽CD-Rまで用意)
を頼りに、5人の旧き恋人達を巡る旅。うちひとりは墓の中に
おり、それが何とも切ない。また彼が探していた女性が誰かは、
結局つかめなかった。

でもいいのだ。旅したことはたしかに彼のなかで何かと
なって生きるだろう。そして彼自身も「生きて」ゆくのだ。

かつて愛を交わした女が、死んでいないかぎりは今もどこかで
寝たり起きたり、仕事したり子育てしたりしている。でも
彼のように動かないかぎり、決して出会うことはない。
考えてみれば、不思議な話だ。

伝えたいことが伝わらないやるせなさと、ビル・マーレイの
仏頂面。ジム・ジャームッシュの映像は、いつも「そんな風に
思うのはキミだけじゃないんだよ」と温かく語りかけてくれる。

見終わった後は、近くのパン屋で買ったサンドイッチを頬ばった。
ラストで出てきたのが、あまりにウマそうだったので。





posted by midland at 16:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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