2006年05月31日

『あなたに不利な証拠として』

自身も警察官だった、ローリー・リン・ドラモンドによる
短編集(早川書房刊)。主人公はすべて女性警察官だ。

キャサリンという女性を主人公にした冒頭の3編からして、
いきなり重い。死臭に苦しみながらも現場検証のノウハウを
身につけてゆく彼女、愛する夫(やはり警察官)の殉職に接し
ながらも冷静に捜査を続ける彼女、そして、ついには
精神異常者の凶刃に倒れる彼女…そんな姿が淡々と描かれてゆく。

銃社会のアメリカにおいては、ちょっとした職務質問でさえ
命がけだ。自身を守ろうと発砲すれば世間の非難をあび、
かといって一瞬油断すれば命を落としてしまう。銃や麻薬を
めぐる犯罪はなくなるどころか、増える一方だ。

そんな状況で職務を全うしなければならない彼ら。
その「やるせなさ」は先日見た映画『クラッシュ』にもにじみ出ていた。

あの映画の、マット・ディロン演じる警官やその同僚に
シンパシーを感じる人であれば、この本は読むべきだろう。
やり切れない思いの中、虫けらのように殺されていっても、
確かにキャサリンは「生きた」のだ…そう思わなければ
やってられない。

一貫して冷徹な描写は、ある意味ハードボイルド以上に
ハードボイルドだ。それでいて、ハードボイルドの書き手が
よく陥る自己陶酔やセンチメンタリズムが徹底して排除されて
いるのも興味深い。作者は、ひょっとして一般読者だけでなく
犯罪の現場にいた自分をも納得させるような作品を書きたかった
のではないだろうか、と勘ぐりたくなる。

単なる「犯罪小説」ではなく、まさしく様々な「人生」を
切り取った作品集。じっくり、腰を落ち着けて味わわれることを
おすすめすしたい。


posted by midland at 16:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

小沢健二『毎日の環境学』(東芝EMI)

オザケン、4年ぶりの新作は全曲インスト集。

前にやっていたHPでオザケンの沈黙についてひとつの
仮説を立ててみたことがある。それはー
彼の中で自分のやりたい音楽と彼自身の「声」が、乖離して
しまっているのではないか、ということ。

オザケンのあの声と歌唱力(失礼!)がいちばん生きるのは、
やはり彼自身も影響を受けた「ネオアコ/ギターポップ」風の
音楽だろう。それを待ちわびているファンも少なくないと思う。

しかし彼自身は、豪勢なブラス・セクションなんぞをバックに、
ジョン・レノンかポール・ウェラーばりにシャウトする、
そういうマッチョ的な音楽に憧れていたのではないか。
マッチョという表現が悪ければ、ソウル寄り、とでも言おうか
(いやソウルのこともよく知らないのだけれど)。

「声」というのはその人の身体の結果であり、その人の
生きた証でもあり、とどのつまり人は自分の出せる声しか出せない
(なんのこっちゃ)。ボイストレーニングなどで「改良」は
できても、声を根本から再構築するのは不可能。だからこそ
我々は愛しい人の声をずっと聞いていたい、と思うのだ。

このCDに収められた音楽自体は、タイトル通り毎日聴いても
飽きなさそうな心地よい仕上がりになっており、その辺は
さすがオザケンだなあと脱帽するしかない。

しかしいっぽうで、自らの声を消し去ってしまった彼に、
どこか痛々しいものを感じてしまうのだ。自分を消し去りたいと
いう欲求ゆえに拒食症になってしまったというカレン・カーペンターの
エピソードを読んだときに感じた、あの痛々しさ。

オザケンは少しずつでも、自らの「声」を取り戻してゆけるのだろうか…

posted by midland at 10:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

辻内智貴『帰郷』(筑摩書房)

夫の故郷に、妻が里帰りする話。

中学を出てから、55歳でこの世を去るまで、夫は決して
故郷に帰ろうとしなかった。早くに両親を失くした彼は、
遠い親戚に引きとられ、なかば厄介者同然のような形で
育てられたので、そのことが彼の故郷への思いに暗い影を
落としていたのかもしれない。故郷に帰るということは、
彼らに会う、ということだからだ。

とは言え、夫は故郷が嫌いだったわけではなく、よくその町の
ことを妻に話した。その中で妻が会ってみたいと思ったのは―
親戚にうとましがられる彼を励まし、ときにはその大きな
お屋敷でお菓子やおもちゃを与えてくれた、近所のおじさんだった。

駅を出て、妻は生まれて初めての町を歩く。近代化に乗り遅れて
しまったというその町は、40年近く昔の面影をたずさえたままだ。
パン屋も、雑貨屋も、夫が話してくれた通りの場所に、あった。

ただ…夫を励ましてくれたおじさんの家だけが、見つからなかった。
話してくれた場所には狭い路地があるだけ。地元の人に訊くと、
昔からずっとそこは路地だった、と言う。

くる日もくる日も、少年の頃の夫はこの路地にすわり、自分に
やさしくしてくれる誰かのことを夢みていたのだろうか。
ずっと気づかなかった、遠い昔の夫の淋しさ―妻はそれをそっと
抱きしめ、そして物語は終わる。

幼い日の記憶には、いつだって淋しく、ちょっと不安な自分がいる。
「ガキ大将だった」「腕白小僧だった」と武勇伝をフカす人とは
友達になれそうもない。

「武勇伝」は、オリエンタル・ラジオだけで十分だ。
posted by midland at 14:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

そろそろ起きてくれ、J.D.。

三菱自動車「アウトランダー」のCFで、J.D.サウザーの
「ユア・オンリー・ロンリー」がバックに流れている。
オリジナルではなく、女性シンガーによるカヴァーだ。
けっこういので調べてみたが、誰かはわからなかった。
CF用のオリジナルかね。

このCFで思い出したのだがJD、この人も久しくアルバム
出してないよなあ。1984年の『ロマンティック・ナイト』
以来、ですか。これは大学入ってすぐ、新譜として生協の
レコードコーナーに飾ってあり、重ねて2割引セールだったので
すぐ購入し、カセットに入れてウォークマン(入学祝い品)で
聴きまくった。

前作の『ユア・オンリー・ロンリー』も好きだったが、
出た当時は中学生で、けっきょくシングル盤しか
買えなかった。しかしこの『ユア…』を全曲ノーカットで
オンエアしてくれるFM番組があったので、これまた録音して
一生懸命聴いた。DJのオッチャンが「これちょっと、
シブ過ぎますよね」と否定的な見解だったのがおかしかった。

『ロマンティック・ナイト』にしたって当時も今も評価は
低く、今となっては日本盤CDも出ているのか出ていないのか
よくわからない状態だが、私はこれ、好きだねえ。

彼の魅力は何といっても明解なメロディーと優しい歌声。
3曲目では旧友のリンダ・ロンシュタットとハモってて、
いい感じだ。こういうドライヴ感のあるアコースティック・
ロック風の曲は、前作には見受けられなかったような気がする。

この路線で次作も聴きたいな…と思いつつ、22年。
もうアルバムは出さないのかな。
私はいつまでも待っている…ってわけでもないけど。
posted by midland at 16:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

ポール・サイモン6年ぶりのアルバム。

今年は聴きたかった作品のリイシューがやけに多い年だなあ
と思っていたら、眠っていたオッサンまで起きて来る年だった。

2月に20数年ぶりのソロ・アルバムを出したバート・バカラック
(米盤は昨年暮れ)、これまた13年ぶりにアルバム登場の
ドナルド・フェイゲンに続いて、ポール・サイモンの新作が
登場した。タイトルは『サプライズ』(日本盤は5月24日発売予定)。

いや冷静に考えてみると、サイモンの場合は前作『ユー・アー・ザ・ワン』
が2000年だから、6年ぶりということで、他の2人に比べると
まだマシか。

ただ…個人的には前作があまりに枯れた味わいだった
ため、ちょっと心配になってあまり聴く気にならなかったという
事情もあって、ものすごく久しぶりのように思えてしまう。

で、今回も「枯れ」路線なのかいなと思ったら…
共同プロデューサーがブライアン・イーノというのだからまさに
「サプライズ」だ。

本当に、イーノでいいの?とダジャレをかましつつHPで試聴して
みたら、これがものすごーくイーノである。リズムが強調され、
サイモンの声も若々しく、何よりも曲ごとのキャラが見事に
立ち上がっていて、前作のようにどれがどの曲かよくわからん、
ということがない。

公式HPでは曲を試聴しながら、歌詞も見ることができるのだが、
ちょっとECMを思わせるような、シャープで深みのある写真が
1トラックごとに添えられており、散文風にレイアウトされた
歌詞とあわせて、何かを訴えかけてくるような雰囲気を醸し出している。
先ほど「曲ごとのキャラが立っている」と書いたが、
そう感じさせてくれるのはこの写真&歌詞の配置によるところが
大きいかもしれない。

こういうセンスもまた、イーノのアイデアから出たものなのだろうか。
これがCDのブックレットだとすれば、ビジュアル面でも充実した
アルバムということになり、かなりお買い得のような気がする。

そういうわけで、しっかりよみがえった(若返った?)サイモンの
新作を楽しみに待つことにしよう。輸入盤はすぐにでも手に
入るのだが、まああせりは禁物、ということで。
posted by midland at 17:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

追記:着信御礼!ケータイ大喜利

昨日書いた、件名のNHK番組について、本当はもう少し
言いたいことがあるのだが、うまくまとまらないので
箇条書きにする。

●視聴者によるケータイからの投稿が番組のメインで
あることは間違いないが、司会をつとめる今田耕司・
板尾創路・千原ジュニアの3人も見逃せない。

とくに判定役の板尾は、面白いネタにもことさら
オーバーリアクションをすることなく淡々と進めて
ゆくあたり、投稿者へのリスペクトが感じられる、
といったらホメすぎか。いずれにせよこの3人が素人ネタを
フォローすることで番組が楽しくなっていることは
間違いない。

●今回(4月29日放映)の担当アナウンサーは鈴木奈穂子さん。
今年からNHK松山放送局に移動されたが、昨年まで高松放送局
の「看板女子アナ」だった。一時的とはいえ東京局番組への
抜擢、ということで、はやくもブレイクの予感か。

高松で応援してきた身としては、はやく有動由美子を押しのけて
スポーツコーナーに登場(ご本人の希望)してほしいものだ。

●その鈴木アナが、番組中にこんなことを言っていた。

「お題が発表されてから、アクセス(つまり投稿)して下さい」

お題が発表されないと投稿のしようがないじゃん、ヘンなこと
言うよなあと公式サイトを見てみると…どうやら、お題は
前もって発表されていたようだ。たとえば今回のオンエア分だと
4月21日付で、すでにお題がわかるようになっている、というしくみ。

まあ投稿できる時間も限られているし、視聴者がみな、必ずしも
ケータイでの入力に慣れていないことを考えると、妥当な処置
なのかもしれんが…

これだと投稿者は事前にかなり内容を練れてしまうよね。
それって、どうなのかなあ…やっぱり皆が平等に、一瞬の
ヒラメキで書き込んだほうが、スリルがあって面白いと
思うのだが。

で、私の考えたネタ。

お題:皆に「トホホ」と言われる動物園、その理由は?

答:動物より飼育係の方が多い

アンテナ1本?2本?誰か採点して下さい。
posted by midland at 15:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

着信御礼!ケータイ大喜利

3月に放映されていたのがとても面白かったので、
4月のぶんも録画して見た。当分は月イチの放映に
なるらしい。

その名の通り、テレビで出た「お題」にケータイで
投稿する、というシンプルな作りの番組で、「お題」が
発表されるやドドーっと着信してくる様子がリアルタイムで
伝わってきて、けっこう迫力がある。

今回のお題で良かったのは、前回にはなかった趣向で
「10文字作文:さびしい」というやつ。要するに10文字で
さびしい気持ちや状況を描写する、というわけだが

「二次会あったそうです」

という投稿には笑えた。言った人、言われた人、ともに
二次会に呼ばれてないわけで、ホント淋しいよなあ。

あと、「トホホと言われる動物園、その理由は」
というのも、

「地下にある」
「10mごとに募金箱」
「アリクイを『象』と言い張る」

など力作が多かったのだが、笑ったのはコレ:

「『昔はおったんやけどなあ』が口癖」

やっぱ短いフレーズでパッと絵が浮かんでくるような
投稿が高評価のようだ。頭の体操にもいいような気がする。
次回は投稿してみようかな。
posted by midland at 14:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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